肌感覚や思い込みを、データが覆す。地域の新たな可能性を切り開く「サイクリスト国勢調査」
スポーツと観光を組み合わせたスポーツツーリズム。その中でもサイクリングに特化しているのが、自転車で地域を巡る「サイクルツーリズム」です。その実態を客観的な数字で明らかにしようと、ルーツ・スポーツ・ジャパン(以下、RSJ)は2018年から3回にわたり「サイクリスト国勢調査」を続けてきました。体験型イベントの運営会社として歩んできたRSJが大規模な調査に踏み切った背景には、自治体からの切実な問いがありました。サイクリストは実際に何人訪れ、地域にどれだけの価値をもたらすのか。誰も答えを持っていなかったこの問いに対し、データが示したものとは何だったのか、調査を率いるRSJの袴田晃一郎(以下、袴田)と網野優介(以下、網野)に聞きました。
インタビュー対象
・袴田晃一郎(株式会社ルーツ・スポーツ・ジャパン 取締役 サイクリスト国勢調査 責任者)
・網野優介(株式会社ルーツ・スポーツ・ジャパン サイクリスト国勢調査 企画・分析担当)

なぜ自転車イベント運営会社が「国勢調査」を始めたのか
ルーツ・スポーツ・ジャパン(RSJ)は、DOスポーツを活用して地域活性化に取り組む会社です。なかでもサイクリング領域に強みを持ち、その手段として「サイクルツーリズム」を掲げ、自治体とともに各地でイベントを開催・運営してきました。
各地でイベントを重ねるうちに、自治体からの相談の中身は少しずつ変わっていきました。1日のイベントを成功させるだけでなく、自転車を通じて地域全体を活性化させたい。そう考える自治体が増え、RSJにはさまざまな問いが寄せられるようになりました。
「自治体が公的な取り組みとして進める際に、『サイクリストはそもそも何人いて、そのうち何人がこの地域を訪れ、どの程度消費行動を起こしてくれるのか』。そういったことを、よく尋ねられるようになってきました」(袴田)
ところが、その問いに答えられる客観的なデータは、当時どこにもありませんでした。自転車の売上動向をまとめたマーケットの白書はあっても、サイクルツーリズムという切り口で市場をとらえた資料はなかったといいます。
「客観的データがないならば、自分たちで集めるしかない」と袴田。RSJとして、ユーザーインタビューの経験はあっても、サイクリスト全体の行動実態を推計する本格的な市場調査は、これが初めての取り組みです。市場調査推計を専門に手がける会社の協力を得ながら、サイクリスト国勢調査がスタートしました。
「国勢調査」という名称にも狙いがあります。市場を解明して終わりにするのではなく、その先で国や都道府県、自治体に施策として活用してもらうこと。行政に馴染みのある言葉を選ぶことで、調査結果が現場に届きやすくなると考えたのです。また、走行環境の改善を望むサイクリストにとっても、自分たちの存在や地域への貢献が数字で示されることは、大きな後押しになるでしょう。
3度の調査で見えた「変化」と「壁」
これまでに行われたサイクリスト国勢調査は計3回。2018年、2021年、2025年と継続的に実施してきたからこそ、サイクリストの変化が明確に見えてきたといいます。
最新の2025年調査によると、直近1年以内にサイクルツーリズムを経験した人は、推計で約1,271万人。前回の2021年調査(約1,213万人)から約58万人増え、着実に伸びています。
そして調査開始から7年、その中身は大きく様変わりしています。なかでも「家族単位でサイクルツーリズムを楽しむ人」は、第1回調査を行った2018年と比べてほぼ倍増していました。

「大きな転機はコロナ禍です。自転車は密を避けながら楽しめる手段として注目され、家族で出かけたいときに、自転車で一緒に遊ぼうという選択が増えました。そうした世相を反映した変化が、いまも続いていると感じます」(袴田)
かつての中心は、ロードバイクのようなスポーツバイクに本格的な趣味として乗る層でした。その層が減少したわけではありません。そこにレンタサイクルやシェアサイクルで気軽に楽しむ人たちが加わり、スポーツというより観光に近い楽しみ方へと、裾野が大きく広がったのです。
実は業界には、根強い先入観がありました。「自転車の価格が上がって買い替えが難しく、イベントの参加者集めに苦戦するケースも増えてきている。だから市場は縮小しているのではないか」。しかし、調査の結果この見立ては覆されることになります。
実際には、サイクリングイベントの参加者数も、1回あたりの消費額も増えていました。消費額は2021年の約3.7万円から、2025年には約6.2万円へと伸長。物価上昇の影響を考慮しても、着実に増えていました。
「サイクリストは地域にお金を落とさないと言われがちですが、そうではないと明確に説明できる結果が出てきました。サイクリングの裾野が広がった効果が、ここにきて表れているのだと思います。むしろ、これほど増えるのかと、正直なところ意外な発見でした」(網野)
網野が他にも興味深いと感じた点があります。日本を代表するサイクリングルートとして国が指定する「ナショナルサイクルルート」。その制度の認知率は、調査対象者の全体では約75%と高い水準にあります。ところが、レース層に限ると、認知率が大きく低下するのです。
「通常は、サイクリングにのめり込んでいる人ほど、関連する知識も豊富になっていきます。ところが、レース層になると急に知らない人が増える。私自身サイクリストであり、レース層でもあるので、これほどはっきり差が出たのには驚きました。だからこそ興味深い結果でした」(網野)

サイクリストと一口に言っても、旅行やレジャーの手段として乗る人、ツーリングを楽しむ人、レースに打ち込む人の間には、それぞれ意識の隔たりがあります。ひとくくりで語るのではなく、ツーリング層やサイクリングイベント層といった、各地を走りに行くことに関心の高い層を狙って発信すべきだという、サイクルツーリズムを実践したい自治体にとっての情報発信のヒントが得られたのです。
データが、地域を動かす
サイクリスト国勢調査を通して、サイクリストを呼び込みたい自治体側が共通して抱える壁も浮かび上がってきました。それは、「施策の効果が見えにくい」という課題です。
「サッカーや野球であれば、スタジアムや球場に人が集まるため、来場者数を計測するのは比較的容易です。一方でサイクルツーリズムは、『一定期間内にどれだけその地域を訪れる人が増えたのか』が重要な指標となります。自転車では、人が一箇所に集中することが少ないため、その実態を把握するのが難しいです。自転車の機動力を生かして賑わいの少なかった場所にも足を運んでもらえるのはサイクルツーリズムの強みですが、本当に人が来ているのかという疑念を招きやすい側面もあります」(袴田)
そんなサイクルツーリズム施策に関して、袴田が自治体に一貫して伝え続けているのは、「何をKPIとし、どう測るかを決めておくこと」です。測定の枠組みが定まれば、集めたデータを実際の施策に生かせるようになります。
RSJは、全国規模のサイクリスト国勢調査とは別に、自治体の依頼に応じて、特定の地域に絞った個別調査も設計から担っています。網野は、その地域調査から生まれた事例を紹介します。
「ある有名なサイクリングルートの調査では、想定していた来訪者層と実際の来訪者層にギャップがあることがわかりました。そこで訴求するターゲット層を切り替え、Webサイトも全面的につくり直しました」(網野)
このように、調査から戦略立案、施策の企画・実行までを一貫して手がけられる点が、RSJならではの強みになっています。
加えて調査データは、行政の意思決定を後押しする材料にもなります。予算をめぐって財政当局と向き合う際、「なぜ他の観光施策ではなく自転車なのか?」という問いに対し、参加人口や消費単価の伸びを示すデータがあれば説得力を増します。
「自治体での議会資料として、直接経済効果の数字が引用されることも増えている」と網野は言います。主観で語られがちなテーマに、客観的な指標を示すという意味で、調査が大きな役割を担っているのです。

周遊型スポーツを可視化する。RSJが考える自転車の「次」
サイクリスト国勢調査で培った知見は、いま自転車以外の領域へと広がり始めています。人が一箇所に集まらず、効果を測りにくい“周遊型”のスポーツを可視化し、施策につなげる。「この方法は、ランニングでもウォーキングでも同じように応用できるはず。他の種目にも同じように展開していきたい」と袴田は力強く語ります。
RSJが種目を超えて動けるのは、特定の地域や競技に縛られない立場だから。調査で得たデータを自社で抱え込まず、広く公開しているのも同じ理由からだといいます。
「当社の社是は『日本にスポーツを根付かせる』こと。そのために全国の自治体を支援しています。各地域で活動するプレーヤーの方々にデータを活用して動いていただかなければ、サイクルツーリズムは根付きませんし、地域活性化にもつながりません。そのため、当社がデータを抱え込む理由は何もないのです」(袴田)

地域のイベントは、プロスポーツに比べればデータ活用がまだ手つかずの領域です。その領域に踏み込み、肌感覚を客観的な根拠へと変えていく。この取り組みを通して、RSJは地域とスポーツの新しい可能性を広げていこうとしています。
その一つの形が、ランニングの新サービス『RUN NEXT(ランネクスト)』です。自転車で培った可視化の手法を、ランニングをはじめとする地域スポーツの領域へ広げていく取り組みです。
「地域のスポーツイベントがなくなれば、住民が体を動かすきっかけも、外から人が訪れる機会も失われます。なくなって喜ぶ人はいないはずです。だからこそ、データに基づいて、それぞれの地域や参加者に寄り添った仕組みをつくっていきたいと考えています」(網野)
自転車で積み重ねてきたことを、これからは他の領域へ。RSJの「次」は、すでに動き始めています。
関連リンク
サイクリスト国勢調査の詳細・データ活用のご相談はこちら:
https://roots-sports.jp/lp/cycle-tourism/
*こちらは「スポーツの力を社会のために」をテーマにしたWEBメディア「Sports for Social」との連動記事です。Sports for Socialの掲載記事はこちら。
https://sports-for-social.com/sports/rsj-cyclist/